空飛ぶおねえさん旅日記

20代のころ、バックパッカーをしていたころの旅行記です...1980年代です...この時の旅が以降の生き方に影響を与えてくれました

中国 バックパック一人旅 香港から 中国国境越え 鉄道で深センへ

無事、香港に到着して、2日目、1984年7月9日です。

 

深センまでのガイドさん

朝食の後、中国国境の深センまで連れていってくれるガイドさんと、フロントで待ち合わせです。

それらしい方を見つけ、「おはようございます。」と挨拶...オヤ...おかしい。日本語が通じない...のかな...

ガーン...日本語が通じない!   英語のみで意思疎通をしなければならない。
そういえば、「地球の歩きかた」の旅行のパンフレットに、日本語ガイドとは書いてなかった...

 

同伴者2名、査証申請書再作成

ガイドさんの隣を見ると、日本の方がふたり、他の旅行会社で申し込んで、今日はいっしょに国境越えをするという。仲間ができて、ホッとして、喜んで、自己紹介しようとしたら、ガイドさんがジタバタ何かを一生懸命に話しかけてくる。

どうやら、日本から送られてきた、国境越えの申請書が、不十分で、全部を書き直さなければならないという。それも英語で、書き直さなければならない。何やら、すごい量の申請書を渡された。

申請書の作成は、料金に入っていたはずなのだが...と思いながら、せっせと、作成する。
量が多いと思ったら、3人分だった...ガイドさん、2人が英語がほとんどわからなくて、困っていたようだ。2人に聞き込みをして、2人の分も作成。

申請書を書いていて、埼玉から来た結構、年配のお母様と40代前半くらいの息子さんらしいということがわかりました。

 

鉄道で国境へ

申請書の作成が終わると、すごい勢いで、ガイドさん私たちをタクシーに押し込む。九龍駅に到着。どうやら、国境まで鉄道でいくらしい。鉄道大好きなので、一般の外国の方が乗る通勤列車に乗れると思うと、ルンルンと、嬉しくなって、ニマニマしてしまった。(ハタから見ると、不気味でばなかったかな...) 羅湖(香港側の国境)まで40分、ずっと、キョロキョロ、ニマニマしていた思う。

 

国境にて

雨が、昨日の夜から降っていて、朝からは、さらに激しくなって大雨です。列車を降りてからも恐ろしい勢いで降っています。国境では、出国審査はすぐに済み、ガイドさんが査証を取ってくるのを30分、ただただ立って待ちました。
そして、いよいよ、入国手続き。
「in China」の看板を過ぎると 深セン 。人々の服装もガラリと変わった。あ〜中国だなと実感。このころの深センは、まわりを山に囲まれた土地で、この国境の建物しかありませんでした。
中国に入るところで、香港のガイドさんとお別れでした。
新しいガイドさんも、やはり日本語がわからなかったです...