空飛ぶおねえさん旅日記

20代のころ、バックパッカーをしていたころの旅行記です...1980年代です...この時の旅が以降の生き方に影響を与えてくれました

中国 旅準備 行き先 中米 から 中国へ

会社に1ヶ月強のお休みをいただきました。休職扱いです。給与は支払われないのですが、保険料の支払いが必要でした^^;。旅の計画を本格的に始めました。

中米旅行を計画

当初、予定をたてたのは、小さいころから憧れていたマヤ・アステカ文明の遺跡を巡る中米旅行でした。ロサンゼルスから入り、中米4カ国をすべて陸路で回るつもりでおりました。

ロサンゼルス → ティファナ - サン・ホセ デルカボ → マサトラン → メキシコシティオアハカ → パレンケ → グアテマラシティ→ コパン → フローレンス → ティカル → ベリーズシティ → カンクンメリダメキシコシティ → チワワ → ロサンゼルス

と、これから、1ヶ月で、回れる現実的はスケジュールにしなければと、スペイン語の勉強も始めなければと、無謀な計画を予定しておりました。

 

情報収集 バックパックの皆さんが集まる会へ参加

アンデス友の会

情報収集をと思い、南米を旅行されている方達の会「アンデス友の会」にの集まりに参加させていただきました。

当時は、インターネットなど無い時代です。紀伊国屋書店手書きの小雑誌が販売されていて、いつも楽しみに読んでおりました。連絡したところ、快く承諾していただき、参加いたしました。

パックパッカーの方達の集まりです。皆、穏やかな方達ばかりで、少し、驚きました。(ちょっと、変な先入観があったような...)皆さん、旅の話をされる時は、本当に楽しそうに話されてました。

 

中米よりも、中国を勧められる

会長さん(女性の方でした)に、旅の予定を話したところ、
「女性一人では、陸路では、絶対にメキシコからグアテマラシティには、行かない方が良い。」
と、穏やかに話されていましたが、目は真剣でした。

始めてのバックパック旅行で、中米は、無謀すぎるのような事をやさしく言われ、
そして、今、だったら、中国が一番、旅をしやすいと言われました。

中国は、この時期、一般旅行に開放されてから3年くらいの時期です。
まだ、外人が珍しい状態でした。そして何よりも、中国の方が、外人に危害を与えたら、かなりの重い刑になる という時期でした。外人というだけで、大事にされる環境だったのです。(実際に、旅して、その通りでした。)
会長さんには、現地の人以外の人に、注意すれば良いから、旅行がしやすいのではという話をされました。

 

中国に決定

それでも、小さいころからの憧れを捨てきれず...悩んでいた状態で、次の会の集まりに参加しました。
会長さんが亡くなられていました... ペルーのクスコで高山病で亡くなられたそうです。

これを聞いた時に、決めました。中国旅行にしようと...

本格的に中国旅行の準備を開始いたしました。